日時の見当識と病院

以前、母を認知症検査に連れて行った時のきっかけは歯医者。

その前から「あ、これヤバいわ」と思ってはいたけど、

 

歯医者の予約を入れる⇒予約日、予約時間じゃないのに歯医者に行こうとする。

周囲が止めたり、診察券を見せて「今日は予約日じゃないよ?」と言って収まるなら許容範囲。

でも、母は止まらなかった。

 

「診察券の予約日時」と「新聞の日付」がズレてても、本人の脳内は「今日が歯医者の日!」。説明を聴く気も無い。

結果、「好きにすりゃいい」と行かせて歯医者から断られて帰宅したり。

(思えば、予約外でも受け付けてくれる病院だと一層困ったことになったかも)

 

で、父ですよ。

医大に、泌尿器・皮膚・循環器と通院してる父。

昨日は泌尿器のCT予約で、はじめてヘルパーさんに付き添ってもらいました。

 

丁度1週間前、CT予約を待ってたら抗がん剤が足りなくなるので、わたしが父を連れ泌尿器へ処方箋だけもらいに行ってます。その時に先生が、

「来週CT予約入ってますね。さらに翌々週診察があるので、診察日まで抗がん剤出しておきますね」

とのことで、今、抗がん剤は今大量にある。

なのに昨日、わたしが仕事前に、

父「今日、病院でもらう紙はどうなってる?」

紙?受信票??なに???「処方箋」が出てこない父と、目の前に抗がん剤を積んでる父がまさか「処方箋」のことを言ってると思わないわたしでかみ合わないこと数分。

「え?抗がん剤の処方箋のこと言ってるの?処方箋は出ないよ?」

父の予定表を見せつつ、先週すでに処方してもらってること、再来週の診察日はまた処方箋が出るけど、今日はCT撮影のみのことを説明。

 

あんなに執着してる大学病院&抗がん剤なのに、記憶ないのかよ…。勘弁してくれよと思いつつ、

「でも今日はCT撮影だけだし、時間は短いかもね」

父「いや、○○大学病院は人気の病院だからCTだけとはいえ待たされるかもしれない」

と、「会話」で念押し。

 

で、仕事後に帰宅してる父に「ヘルパーさんどうだった?」。

父「ヘルパーはいいんだけど、病院に不満がある。処方箋が出なかった」

……。

予定表を見せ、同じことを説明。まだ納得してない。

夕食後、再び同じ説明。

「ねぇ、先週土曜日わざわざ処方箋貰いにわたしと病院行ってるの。まだ1週間しか経ってないわけ。その時に先生が、次回の診察までの薬出しておきますね、って言ってたよね?今日は最初から処方箋なんか出ないわけ。ってか目の前に薬大量にあるでしょうが!納得した?」

父「納得した」

「来週は病院の予定ないからね?見て。この予定表見て。今日は2日土曜日。CTって書いてあるでしょ。来週は病院の予定はありません。再来週は火曜日が泌尿器!木曜が循環器と皮膚科!この週はどちらも処方箋出るよ」

 

ホントは、

「今日のヘルパーよかったなら、再来週も依頼する」

「それにおいては処方箋が出るので、病院だけの付き添いか、薬局までも依頼するか(父は地元のイオン内の薬局に行きたい。イオンに行けば地下食料品売り場も行きたがる。よって付き添い依頼や時間が変わる)」

を決めて依頼したかったんだけど、今の状態じゃ父の記憶に残らなさそうなので保留。

 

で。今ですよ。

父「急だけど、今日は循環器と皮膚科に行かなきゃ」

「はぁ?今日は3日日曜日!病院は再来週!」

再び取り出す父のスケジュール。

「昨日、2日土曜日。ヘルパーとCT撮りに行ったよね?今日は?2日の次は3日ね。今日は3日日曜日。来週は病院なくて…ってか、この話何回してると思う!?(プチ切れ)」

父「ちょっとそこの新聞とってくれ」

当たり前、新聞にも4月3日日曜と書いてある。

 

新聞の日付と、自分の予定表の日付を「合わせて認知」出来ないんだな。

不安があれば予定表、それが不安なら病院の「診療予定」、そして新聞などを客観的事実を照らし合わせて確認すればいいのに、脳内が、

「病院」

と思うともう客観的事実ごときじゃブレーキが利かない。

母と違って身体が不自由なので飛び出して行くことはないけど、数年前の母とほぼ同じだよね。

 

母も父も「病院に行かねば」というプレッシャー?がトリガーなのか?

 

わたしからすれば、両親の病院予定で調整できる仕事は調整し、父の場合は早々にヘルパー手配から診察日に向かい段取り組んでる。もちろん自分の通院も仕事のスケジュールも組んでこなしながら。

なので泌尿器(抗がん剤)は許すとして、たかが皮膚科でそんなプレッシャーを感じるのが全く理解できない。

 

なんもしないくせに勝手にプレッシャー感じて狂ってるんじゃねーよ。と言いたい。

 

 

と書いてる間に、母が降りて来てトースターを使った。

ちなみに、今朝も7時頃にわたしが父と母の朝食を作り、2人は食べている。その後、父が「病院…」と言い出し、母は2階に戻り多分寝てた。

今、見に行くとなぜかトースターでパンを焼いてる。

 

母「朝ごはん食べなきゃ」

…。

「さっき朝ごはん食べてるよ。食べた後に2度寝しに行って今起きて来たんだけど、また食べるわけ?」

母「ええー食べてないよ」

 

認知症介護、きついってよく聴いてたけどホントきっつ…

感謝して欲しいとも思わないし、父母がわたしを忘れても何にも思わない。親が衰えていくのも自然の摂理とも思ってる。

でも、せめて朝昼晩の見当識をつけるためにも食事を作ることや、家族を認知するために夜は極力3人で食べること、混乱を避けるために予定を明確化すること(その予定をフォローするために動くこと・フォローを本人に納得させることも含む)など日々の諸々が、

全部、無駄なんだな。

と虚無感が繰り返され続ける。これがキ~ツ~イ~。