父の退院

8月2日、6月12日から誤嚥性肺炎で入院・危篤宣告を受けた父が施設に退院した。長かった…!

 

7月27日(木)

6月12日の入院1週間後、わたしがせっついて医師とカンファレンスした。その後もわたしがせっついて電話で医師から説明を受けた。

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後はもう、退院できる判断となれば病院から声がけがあるだろう。なんて構えてたら、一向に連絡が来ずに7月27日。

「今は一体どういう状況なんだ?面会で見る限りは元気そうなんだけど?今日、看護師さんへ医師から説明聴きたいって言おう」

思ってる矢先に、特養相談員Oさんから電話。

 

父の酸素チューブが取れた(わたしから報告済み)時点で、特養も週1ペースで「退院は?」と病院に連絡してるそう。が、明快な返答がないそう。

「ご家族が(大事を取って)退院させないでと希望してるのかなぁ?と思いまして…」と確認の電話だった。

いやいやウチはさっさと施設戻したいんですよ。最初から医師にも伝えてるんですけどね…。

 

 

午後、母を連れ病院に行き、看護師へ「近日中の説明」を要望。

すると、医師が今日説明してくれるという。しばし待ってカンファレンス室へ。

 

医師いわく、

  • 呼吸においては現在は問題ない。
  • 7月14日から2週間リハビリをしていた。(「嚥下リハビリ?」と訊くと、身体のリハビリだそう。)
  • 体力が落ちると嚥下障害が出るので、そのためのリハビリ期間だった。
  • 本日、ちょうど2週間目。リハビリ担当からも「おおむねゴール」と申し送りがあったので、退院を視野に入れる時期。
  • ついては来週中の退院で段取りをはじめる。

14日からの詳細なリハビリ進捗シートをくれた。

(退院後、施設看護師に渡したら「こんなの初めて見た。この先生すごい」と褒めていた)

 

先生はこの病院に来て1年半だそうで、

医師「ここに来て初めて知ったんですが、医療と介護施設は本当に違うんですよ。病院で問題なく治療した方でも、施設に戻すと5割は戻ってきてしまう。いや、施設の皆さんはすごくよくやってる。でも制度の問題で、施設は看護師も1人2人で100名以上を看ているし、どうしても…」

訊かなかったけど、先生は大学病院かなんかから来たのかな?

医療と介護は違う。だからしょうがないよね。

と、わたしレベルでも理解してるけど…医療従事者としては忸怩たる思いがあったのかな??良い先生だな。

わたし(家族)や施設に「人員の少ない介護施設に戻っても極力問題ないように、身体のリハビリを2週間目途で進めます」って報告してくれればもっとよかったけど(笑)

誤嚥性肺炎再発を防ぐために身体のリハビリをじっくりやる」なんて事前に言うと、文句を言う家族がいるのかなぁ??

 

膀胱がんについては、

確定しても、年齢的に抗がん剤などの治療は薦めない(し、わたしも延命しない)ので、これ以上の検査は負担になるからしていない。
診断報告には、

「膀胱は著明な壁肥厚および腫瘍により内腔がほぼ閉塞しているようです。膀胱がんが疑われます。一元的に膀胱がんおよび両側腸骨リンパ節転移、左鼠径部リンパ節転移、傍大動脈リンパ節転移が疑われます」

膀胱がん生検は「疑陽性」。再検をお薦めします。

とある。

自力排尿出来てれば膀胱がんについて検討する気はないので、もう今回はこれでOK。

医師も「これ以上調べても…」というスタンスだった。

 

「じゃあこれから、わたしと病院と施設でカンファレンスして退院を決めるんですよね?」

医師「いや、施設に帰宅する場合カンファレンスはないんですよ。後は患者さんの容態を施設が受け入れるかどうかでして」

「えーと、じゃあわたしは一体なにをすれば?」

医師「SWと施設とで退院日を決めて施設が迎えに来れる日を決めますので、ご家族は退院の支払い・手続きですね」

へーそういう感じなのか。

施設入所後の入院・退院なんてはじめてだけど、やっと段取りがわかった。

 

 

帰宅し、施設のOさんに電話。

わたしが退院手続きできる日を伝え、後は病院のSWと施設のやり取りになるらしい。

 

細々病状説明はしていたけど、膀胱がんの話を伝えると、

Oさん「膀胱がん、尿バルーンは着けてる方もいますけどね」

「え、施設は尿バルーンOKしたっけ?」

入所前の医療対応表だと、管関係はほぼNGだったはず。

Oさん「酸素チューブはNGですが、尿バルーン、胃ろうまでは対応します。ただ尿バルーンは…」

感染症リスクですか?」

食い気味なのは、わたし自身父の前立腺がん治療で膀胱ろう、腎臓ろうを自宅管理し、感染症も経験してるから。

Oさん「感染症もですけど、管を取り替えるために月1回は通院しなきゃなんですよ。で、通院はご家族の対応になりまして…」

あ~そうね。父も管ぶら下げて通院させたもんな~。

 

Oさん「娘さんも、どこまで希望するか決めておいた方が良いですね」

どこまで?延命は一切しませんよ?誓約書も出してるじゃん。

Oさん「いや、その、週1回は大変だけど、月に1回なら通院付き添いできるとか…。ただ、バルーン入れたら泌尿器科のある病院に行けと言われるので、その場合は今回の病院ではなくもう少し遠い○○病院に付き添うことになりまして…」

あ、そこ!!!!

「いや月1回の通院ですよね?そんなん今までの介護地獄から比べれば、全然行きますよ」

Oさん「さすが娘さん!いや、月1回の通院も断るご家族も多いもので…」

 

そういうことね。

多分、施設側は家族が通院付き添いしつつ施設で長く暮らしてほしいんだろう(施設が対応できる医療措置であれば)。

ただ、家族がどこまで医療を希望~家族が介護者の為に時間と労力を割くか~するかは強制できないし、家族側の判断によるもんな。

よく「施設に入所させても介護は続く」と言われてるけど、ホントそれな。

 

7月31日

明日は仕事で面会できないので、母を連れて父の面会。

施設に戻ると、気軽に面会できない…前日までに予約が必要&1階ロビーに車椅子の父を連れて来てもらわねばならないけど、2か月弱ベッド暮らしの父が、施設に戻ってすぐに車椅子で体勢維持できるとは思えない…ので、母に会わせたかった。

 

あと看護師に食事形態を確認。ムース食になるらしい。

退院後、アイスやプリンはOKだけと饅頭はNGとのこと。

 

「お父さんは明後日退院だよ。お母さんは今のうちに顔見て触っとけ。お父さん、明後日やっと退院だよ。午前中にわたしとOさんが迎えに来て、まずは○○ホームに帰るからね」

父母に刷り込む。

10分面会してそろそろ帰ろうという頃に、

父「もう1度説明してくれ。いつ家に帰れるって?」

…いや、だから家じゃねぇよ。

 

「今、お父さんは歩けないわけ。この病院に来る前に泊ってた○○ホームあるでしょ?そこにはお父さんの服もベッドもTVもあるんだよね。今の状態で家に戻ってもどうにもできないから、とりあえずホームに戻るから」

父「…」

母「そうね!自分のものがあれば思い出すわね!」

「そうそう。今言っても思い出さないと思うから。明後日戻ってから思い出せばいいよ」

父「楽しみにしてる」

 

 

8月2日

母を置き去りに炎天下の下病院へ。

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前日に施設が「父の着替え」「車椅子」を持ち込んでくれてる。

わたしは入院費を支払い、施設の車で来たOさんと一緒に、看護師が父を連れて来てくれるのを1階で待つ。

 

昨年3月、救急搬送された父をこの病院から退院させてデスマーチが始まった。

あの時は「歩けない父をどうやって連れて帰るの?」「ウチに車椅子なんてないんだけど?」「え、介護タクシーってのがあるの?車椅子借りられるの?」ネットで検索しまくって、なんとか退院の段取りを組んだ。

 

今回の入院時は施設から看護師さんが付き添ってくれた。

退院時は施設の車でOさんが迎えに来てくれてる。

2018年の父の前立腺がん退院以降、救急搬送や入退院は孤立無援で五里霧中の中、独りで段取り組んでたから、本当に施設に入れてよかったよ…。

 

Oさんと一緒に父を回収し、施設の車に乗せてそのまま施設へGO。

施設の看護師さんに病状説明。

 

「膀胱ガンは生検結果、疑陽性。詳細な検査が望まれるようですが、しません」

看護師さん「そうですね…。検査で体力奪われますし、もう寿命とどちらが先かですもんね。このリンパ転移は?」

そういえば、リンパ転移はどうなんだっけ?

 

わたし的に「そら転移してるだろうよ」と思ってたから突っ込むのを忘れてた(笑)

「多分してるんじゃないですかね~。っていうか、入院して検査なんかするから色々出てくるわけで(笑)」

看護師「そうなんですよね。高齢者はたとえ病名が分かってても、症状が出てから対応するって形が1番なので…」

 

もうホント、そのスタンスですわ。

前立腺がん、膀胱がん、リンパ転移…根幹治療をしないんだから、なんでもいいわ。

生活に支障が出る「症状」が出たらまた調べるわ。積極的治療をしない今現在、86歳重度認知症の父の「身体の中」を深く知る意味がない。

 

父は、お世話になってた施設の看護師さんのことは記憶になかった。

「施設」も思い出したかは分からないけど、自分のフロア(ベッド)へ戻り、皆が歓迎してくれればやがてまた慣れるだろう。

 

ということで、特養暮らし1か月。

すぐに入院して1か月半。

特養より病院暮らしが長引いた父だけど、これからは頑張って施設暮らしをして欲しいなぁ。