常同行動に気が狂う

先週木曜日、1週間のショートスティから帰宅した父母。

たかが1週間なのに、マジ凄まじかった。 

キャンセルベッドが明日から来週木曜まであるというので、父だけぶち込む。2度と帰ってこないで欲しいんだけど!

 

ショート滞在中にまた立位が取れなくなった父。

クソ重い(年末からの過食期でデブ化)身体を持ち上げ車椅子移乗、車椅子からベッドにも移れず死ぬ気でベッドに移乗をしていた。

 

が、父は自分の体調が認知できない。

今まで通りベッドから立ちあがろうとして床に寝るパターン再再来(激怒)

床に寝たら自力で起き上がれない。指示も通らない。

昨年は、父に指示が通らず起こすのにクッソ時間がかかるから、わたしが力任せに父を引きずり、力任せにベッドに上体を投げ、下半身を持ち上げてた。

が、わたしの背中と腰をやられた今、そんな荒技は使えない。

父の力も使って介助しようにも、例えばベッドと反対側のテーブルにしがみ付いて離さない始末なので、身体の向きも修正し叱咤し続けないと、床からケツを上げることすらままならない。

 

そんな今朝、また床に寝てる父。

ベッド脇で座位になるまで介助。背中にテーブルを引き寄せる。

「体重を背中にかけるな!行く場所はベッドの上!前に体重かけて!男だろーが!てめぇの不始末てめぇでつけろ!」

と言い置き、仕事の準備して戻ると、

 

床に放尿。その横でフルチン仰臥する父。

 

さっきまでの労力は…?この腰と背中の痛みは全部無駄だよ!

つーか、床に仰臥しオムツ脱いで床に放尿って、昨年9月も同じことしてたよね?

どんだけ投薬してると思ってんだ!気が遠くなる。

無駄か?何しても無駄か?前頭側頭型認知症は本体弱らせるしかないのか?

 

床に広がる尿の処理をし、

「この新聞はお父さんのおしっこ吸わせてるから!絶対に取るなよ!」

父と母に言い聞かせる。

そこから1時間かけ、

「ベッドの柵に手をかけろ!ケツあげろ!考えんじゃねぇよ。あんたの体なんだよ。どこに手をかければ力入るのかあんたしか分からないんだよ!動け。動いてケツを上げられる位置を探せ!」

指示し続ける。もちろんベッド柵調整などはわたしがする。

 

仕事開始10時前、ベスポジでケツを浮かせた父を持ち上げベッドに乗せた。死ぬ。

そんなスタートだったので、本日は車椅子自体を廊下に放置しリビングには入れなかった。

「てめぇ、また床に落ちてたら頭蹴るからな!」

父にはアンパンを投げつけ、仕事に入り13時前終える。

14時半には救急搬送後初の母の脳神経外科外来がある。

 

昼飯作って着替えさせてオムツ替えて‥と考えながらリビングに戻ると、早くもベッドから降りようとしてる父!

 

「お、ま、え!2時間かけておまえをベッドに上げてから3時間!なにしてんじゃあああ!」

アンパンはしっかり食ってる。一眠りして起きようとしたのか?

床の尿を吸わせた新聞がテーブルの上に広げられてる。これは母の仕業か。

最近、頭がクラクラして倒れそうになる。

ブチ切れつつ仕事場に戻り、今朝撮った「リビングの床におしっこ撒き散らしフルチンで床に仰臥」する父の写真をプリントアウトした。

 

「おまえの今朝の醜態がコレだよ!毎日毎日ふざけんなよ!もう8か月これ続けてんだよ!おまえの体調には波があるんだよ!今のおまえは歩けない。床にケツついたら自分じゃ浮かせられない。おまえが勝手に床で暮らすならご自由に!だがな!おまえはわざわざオムツ脱いで床にクソやおしっこ撒き散らすキチガイなんだよ!見ろよ!」

ベッドサイドにテープで貼り付けた。

自分の醜態は全く記憶に残らない父。

説明も説得も通じない。

じゃあ視覚で行く。

「これでわからなければ、クソ撒き散らしてる写真も大量にあるからな!」

 

 

明日からは、急遽父だけをショートスティにぶち込む。

本来ショートは14時半迎え…だが仕事と被るので、明日は9時に母をディに送り出し、10時に父をショートに送り、12時から仕事。

だからまぁ気持ちに余裕はある。

あるけど、介護の皺寄せで、仕事の営業も準備も間に合わない。

そしてわずかな余裕を秒で埋めてくる父。

 

母の通院から帰宅し、17時前。

今日初めてリビングに車椅子を入れた。

18時にはヘルパーさんが来る。その前に夕食を食わせ、車椅子からベッドへの移乗はヘルパーさんにやってもらわないと、腰が砕ける。

 

算段通りにヘルパーさんが来て、オムツも替えて車椅子も廊下に出し18時半に帰宅。

母の歯磨きオムツを替え、やっと明日の仕事の資料を読み始めたら、不審な音。

また父がベッドから降りようとしてる。

「おまえ!起き上がるなって言ってんだろうが!」

「ベッドから降りるな!床に落ちるな!って今日何回聞いてる?あ?これ今朝のおまえだよ!」

プリントアウトした写真をつきつける。

わたしも限界すぎて理性なんか効かない。

「おまえ前に、"ママ(母)母あんなになってなんで生きてるんだろう、可哀想になる"って言ってたよな?おめーだよ!オメーの方が可哀想だよ!歩けずにオムツ外して床にクソ撒き散らすオメーの方が生きてて可哀想なんだよ!」

「おまえ、自分が認知症って理解してる?」

父「俺は認知症じゃない」

「ほぉ。普通の人がパンツ脱いで床におしっこウンコ撒き散らすと思うのか?」

父「思わない」 

「じゃあおまえなんなんだよ!」

父「狂ってるのかもしれないな」

以前から、認知症より精神病の方がマシと思ってるらしい父。謎。

 

そんなやり取りをし、仕事場戻って資料まとめ出した3分後。まさかの不審な音にリビングに顔を出したら、またベッドに座る父!!

「おまえ、正気か⁉︎床に垂れ流しさえしなければ、一生床にいてくれたほうが楽なんだけど!おまえはオムツ脱いで床に垂れ流すんだよ!今度やったらベッドに手足縛りつけるからな!」

 

で。で、さらに10分後。不審なビニール音。

ヘルパーさんがつけてくれたオムツ脱いでフルチンの父がベッドに。

ヘルパーさん帰宅してまだ1時間。当然オムツは汚れてない。

「なんで脱いだの?金払って来てくれてるヘルパーさんがビシっとつけたオムツをなぜ脱いだ?」

父「いや、それは違うんだ」

「違うんじゃねぇよ。なんで?なぜ汚れてないオムツ脱ぐ?自分じゃオムツ履けねーのに、なんで?」

父「‥」

「おまえがオムツ外すのも、ベッドから降りるのも、なんの知性も理性もない行動なんだよ!あ?理由あんのか?ねーんだろ?それを認知症の常同行動って言うんだよ!その無意味な行動に8か月付き合わされ回収し続けるわたしが正気でいられると思うか?あ?」

父にオムツを履かせながら、詰めても詰めても詰めたりん。

 

その後、父を見たら‥

オムツをネックウォーマーみたいに首にはめてた。

‥昨年、顔に被ってたこともあったな。

 

ここ3月まで来てこんなに追い詰められるとは。

前頭側頭型認知症、まじ凄い。

 

で、今階下に降りたら、

すでに床に転がってる父がいた…白目

バカなのか?違う認知症だった。

「なんなんすか?頭おかしい人ですが?」

父「おかしくない!」

首にオムツまいてアンタ…。速攻動画を撮る。

「首にオムツまいてるのは頭おかしいだろうが!どうせこれも覚えてないんでしょうよ。安心しろ。全部撮影するから。つーか、テーブルしがみつくな!ベッドに向かえ」

ベッドどころか、どんどん床に横たわる父。

「寝るな!おまえが転がった状態から起こすのがどれだけ大変かわかるか!」

膝を入れ身体を支える。

父「ちょっとだけ寝かせてくれ」

「ベッドで存分寝ろよ!!!!」

致し方ない。わたしが父の身体を引きずり、身体の向きをベッドに向ける。腰が…

「この柵を持て。そう。その状態でケツを上げろ」

手荒くテーブルをケツの下へ入れる。

「娘に虐待されてるって言っていいよ?そしたら速攻施設いけるわ。わたしもあんたを2度と見ずに済む」

父「誰に?」

「明日のショートスティで施設の人に言いな」

父「明日、ショートスティ?」

今日、何度も説明してんだけど????

まぁいいや。

「もうバンバンショートスティ入れてくから!こんなん続くようじゃもう不可能。もしくは兄か弟に電話し、1か月でも2か月でも家で暮らして面倒見てもらえ」

そういう話だよな。

結局また、わたしが介助してなんとかベッドに持ち上げた。

 

母の友人に説明してて、

「母は記憶が全てなくなるけど、父は割と保持してます。でも自分の異常行動はまったく覚えてない」

母の友人「ああ、なるほど。狂っちゃってるのね」

ああ、そうね。そういうのを狂ってるっていうのね…。

 

先日、母を近所のマダムたまり場の美容院に送って行ったらオーナーが、

「どう?お父さん」

多分、母に訊いても埒が明かないから、わたしに訊いたんだろう。

「(わたしは知り合いではなく、どこまで知ってるかわからないので)あ、ほぼ寝たきりです」

「あなた、無理しないでいいのよ…施設とか入れなさい」

 

今日、母の脳神経外科医も、

「お父さん、頭のいいひとだから拗れそうと思ったけど、拗れますね…」

 

客観的に見て、父は「介護になったら大変そう」な印象だったのだろうか。

わたしもそう予感し、

認知症検査いくぞ!」

声をかけ続け数年。あの初期から投薬できてればなにか違ったのかなー。

 

 

おめぇの息子たちに言えや

こんな記事を書いた今日。

 

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さきほど階下に降りると、父がまたテーブルを蹴飛ばしベッドに座ってる。

その姿勢から車椅子に移乗すらできない身体の状態なのに、なんなんだよおまえ!

と思い見ると、

フルチン!!!床に尿!!ベッドの上の使い捨てシーツにも尿!

「おまえ、またかぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!」

通報されそうな大声だした。

 

もうへとへとだよ、わたし。

エンドレス脱衣。エンドレスベッドや床への排尿。

 

「ふざけんな!動画撮ったる!!!」

スマホを取りに戻り撮影。

「おまえ、キチガイ。自分で見ろよ。なんでお金払ってヘルパーさん頼んでんのに、あんた自ら全部台無しにすんの?わたしが倒れないようにみんな心配してわざわざ他人いれてるのに、あんた汚れてもないオムツ脱いで、さっき着替えさせたばかりの服を全部おしっこまみれにして、なんなの?いやがらせ?」

父「ちがう」

「この床!あんた始末できんの?カーペットにしみこむ尿!どうして始末してくれんの?つか、ベッドに戻れや!」

下ろした脚をベッドに上げる。

父「痛い痛い」

「わたしの足腰の方がもっとずっと痛いわ!!!!あんた、お母さんがこれやってたらどうよ。あんたがオムツつけてもつけてもお母さんが外して、床もベッドもおしっこまみれにして、面倒見るの?」

父「見ないね」

「そういう話だよ!!!それをわたしにさせてんだよ!!!しかも、わたしはお母さんのシモの面倒も見てんだよ!で?なんで脱いだのこのオムツ。汚れてないんだよ!脱ぐなって言ってんのわかんないの?なんで脱ぐの?なんで脱いでベッドや床におしっこすんの?で?また椅子にでも逃げようとしたの?逃げるな!!男だろうが!おまえのテリトリーはココ!ベッド!自分のテリトリーから逃げんじゃねぇ!!!」

父「…そうだな」

ブチ切れててわかった。わたしが父を許せない理由。

 

男らしさがまったくない。皆無。

いわゆる覚悟を決めるとか、腹をくくるとかを一切せず、最期まで行くつもりか。

自分だけ逃げて、不始末全部わたしに回収させてるこの毎日、何も感じないのか。

そんなのがわたしの親だとは情けない。

 

「おまえキチガイなんだよ。認めろ。腹をくくれ。そしておまえの息子2人にちゃんと言え。俺はもうこんな状態なんだっておまえの口から伝えろ!事実と向き合え!」

父「…」

「わたしは全部言ってるよ?動画も写真も兄と弟に見せる。3人子供産んで、わたしが1人で両親のキチガイ沙汰を秘めてる理由もないしな!でも、おまえはおまえの口からちゃんと言え。わたしに全部押し付けて、兄や弟には親父の体裁を取りたいんだろうけど、そうはさせるか!!おまえの人生をおまえの口から息子に伝えろ!」  

尿まみれのベッドに横たわる父。

「そのまま尿塗れで一晩すごせや!てめぇのケツを他人に拭かすな」

 

父のゴミを捨て続けてるからなおわかる。

昭和50年代からため込んでる手帳。遥か昔に退職した仕事の資料が大量に。幹事を引き受けてた同郷同窓会のアレコレ…全部、尋常じゃない量溜め込まれてる。

先日は、わたしたちが子供の頃に遊んだ将棋やバックギャモンなど大量なゲームを捨てた。

誰がやるの?やる人もいないコレをなぜ捨てられないの?

ゴミの片付けが進むごとに、捨てられず・整理できず・腹をくくることから逃げ続ける父の性格と向き合うことになる。

そして彼は今、自分が認知症である自分からも逃げてる。否、今の父はもうそういうレベルにはいないんだろうけど。

 

わたしはそういう、自分の人生や責任から逃げ続ける人、手放せず抱え込み手に余って他人に助けてもらうのが当たり前のメンタリティが大嫌い。

介護以前に、人として嫌いなタイプだったんだぁ~と発見した。

 

友人であれば、その煽りをわたしが全部受けることはない。でも老親じゃあね。

ただ、子供は3人作ってる。わたし1人が回収する限界は超えてる。

 

息子たちにこの醜態を自分の口で言え!

 

という圧は、田舎の長男である父にとっては予期せぬ大きなストレスであろう。

その後、尿塗れのベッドの上で指を組み、くるくるくるくる回し続けてた。

これも常同行動。投薬前はよく見たけど久々に見た。

悪化したかもね~。でももうどうでもいいんだよ。

 

どうせぶっ壊れてんだからな!壊してやるよ!

 

本日一日、仕事しつつ母の徘徊に気を使いつつ朝昼晩を用意し、ひたすら洗濯しつつ父の4回の排泄撒き散らしと、母のトイレでの撒き散らしが来ると、正気じゃいられない。

 

 

明日は2日ぶりのディサービス。

しかしわたしは18時まで仕事。

朝と父母が15時過ぎに帰宅してからが恐怖で仕方ないというのに、今日の今夜でこのザマだとはねぇ…

 

ショート後の狂騒

昨日、1週間のショートから父母回収してきた。

スタッフさんの報告によると、

母→人がいる場所に座る。すぐさま「あっちに友達がいる」と別の人たちの場所へ移動(転倒リスクがあるのでスタッフ付き添い)。すぐさま「あっちに〜以下同文」を繰り返す。

1週間前半は「今日はここじゃない場所に泊まるの」と出て行こうとしてた。後半は「家に帰る」と騒いでた。

父→やはり夜間、おむつ弄りから全裸、排尿をしまくってた。スタッフがあの手この手で手を打つも無駄。食欲に波があり、動きも前半はポータブルトイレ使用できたが、後半は使用できない状態に。

スタッフさん「濃厚な1週間でした(笑)」

「本当にすみませーん!で、1週間受け入れ大丈夫ですか?」

スタッフさん「ええ、大丈夫です」

断られなかった!よかった!

 

つか父、プロが交代で知恵を絞っても無駄なのか‥どんだけだよ!

 

で、帰宅早々父は床に転がり全裸になりやがった。

今の身体状態では、またわたしが全力で引きずり持ち上げないとベッドに戻れない。昨年8月9月と同じじゃねーか。いや認知低下分タチが悪い。

 

それを今日、在宅医に伝えたら、

医師「ドネペジル復活しますか。あとリスパダールよりクエチアピンの方がいいかもですね」

室内徘徊の頻度が上がりドネペジルやめたけど、治まらない。クエチアピンで鎮静できずリスパダールに替えたけど鎮静できない。

初歩に戻るのか‥

医師「お嬢さん、もう充分ですよ。この状態のご両親を仕事しながら‥仕事してなくても無理ですよ」

「そう思ってますが、特養はまだ区の査定も出ないし、有料探す余力もない」

医師の目が「任せなさい」と煌めいた。気がした、

医師「クエチアピン1日3錠、頓服でリスパダール2錠にしましょう!」

お。いいかも?ガツガツ鎮静できるかな?(と盛り続け、期待を裏切られてる)

 

そして先日、クエチアピン大量服薬した時の血液検査を見せてくれた。

あんな強い薬を大量に飲んだのに、

肝数値問題なし

うっそー!マジ人外やん。

腎機能問題なし

ええ‥。前立腺ガンの父、オムツ外し&ベッドでの排尿は実は「前立腺ガンが影響してて排尿困難や痛みがあるのかな?」と推測してたのに(こんな大変な毎日で介護者は「理由」が欲しいんだよねー)、ガチで「理由のない常同行動」かよ。

他の機能も健康そのもの。

医師「むしろ良くなってる部分も‥」

「え‥そんなことあります?この年齢で、あの服薬で」

医師「普通はないですよね」

 

引くわ。

1日の大半記憶になく裸になり排泄撒き散らし、時折正気を取り戻し「俺はボケてない」風を装って(本人はそう思ってるんだろう)妻の介護も病状理解も一切せず、娘に全世話を押し付け、いつまでも生き続ける気だろうか。

おまえの生への執着で、わたしの内臓、足腰、メンタルがやられてるわ。マジで気持ち悪い。生き物として気色悪い。

 

 

そんなわたしは今朝朝イチで、またベッドマットまで染みる父の排泄始末、洗濯をしつつ朝食を作り、父を車椅子に移乗、食後はベッドへ移乗。

母の徘徊阻止のために散歩に連れ出し、昼飯を作り、父を車椅子に移乗。

在宅医と話してから来客仕事し、17時前に自宅に戻ると母が1階のトイレ、洗面所、階段、廊下にリハビリパンツのポリマーをばら撒いてるのに遭遇。

バタバタしてて昼間母のオムツを替え忘れたのはわたし。

母はトイレで汚れたオムツを引きちぎり、ばら撒いたんだろう。身体中にもポリマーがこびりついてる。

 

母にシャワーを浴びせ、洗濯しつつトイレ、廊下、洗面所のポリマーを掃除除菌。

すぐさま夕食を作り、爆睡してる父を叩き起こし17時半に夕食。

「18時にはヘルパーさんくるんだよ!ヘルパーさん来たらもうベッドから降りるな!だから今すぐ食うか、食わないか選べ!」

父「‥」

寝たきり&やる気がない父は起こせない。

「わたしはいま仕事終わってお母さんのトイレ失敗掃除して、あんたのヘルパー前に飯を食わそうとしてる。なぜならこれから、あんたの処方箋薬を取りに薬局行かないとならないんだよ!ヘルパーさんがいる間ならお母さんも安心だからね。その薬局から帰ってきてから飯食うアンタを車椅子に移乗させる気力も体力ももうないんだよ!今決めろ!食うか?食わないか?」

父「食わない」

父の食事は捨て、ベッドにゼリー飲料を持って行ってあげた。

 

「お母さんゆっくり食べてね。18時にヘルパーさん来るからね」

母「わかった」

これで母の徘徊は大丈夫だろう。急いで調剤薬局に行き、急いで帰宅したのが18時20分。はぁ疲れる。

在宅診察日は金曜日。土曜に終日仕事が入ってると日曜は薬局が休み。更に月曜も終日仕事があると詰む。今回はそういうバッティング。

 

あれ、ヘルパーさんの自転車が止まってない。時々18時半になることがあるから、今日はそういう日か。

自宅に入るとなんと!

父がベッドに座り、母に命じ車椅子を脇に運ばせてる。

「おまえいい加減にしろ。今日はもう飯もないし、ベッドから降りるな!」

罵倒しまくり父をベッドに寝かせた。

 

18時半に排泄ヘルパーさんが来る。寝ると言う母のオムツを替え、母の洗濯物を干して階下に降りたら、

ヘルパーさん「このベッドのシートが濡れてるから替えますね」

は?

ヘルパーさん「あ、服も濡れてますね」

は?

父、わたしが薬局に走る間にまたパンツ脱いでベッドに放尿。そこから逃げるために、母に車椅子を寄せさせてたらしい。気が狂う。

「おまえ、このキチガイが!一日中パンツ脱いでベッドにオシッコするしか脳がねーのか!」

帰宅2日で身体も神経もボロボロになってるわ。

また洗濯。朝から晩まで親父の尿が沁みた衣類を洗濯。なんで生きてんだろうなコレ。

 

洗濯物を再び干して階下に降りると、今ヘルパーさんがつけたばかりのオムツ、ズボンを脱ごうと蠢く父。

「おら、脱ぐな!」

 

いや〜マジでマジで。

コイツすげーわ。

もう人間とも思えない。

 

 

ちなみに母は、ショート滞在中にクリニックに電話し、

「母の徘徊がヤバすぎて、アリセプト止めていいか先生の判断が欲しいんです~」

と泣きついた。

担当日に確認してくれ、昨日からメマリーオンリーに替えたからか、今現在は「服を抱えて徘徊」はしていない。

 

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せめてもの救いだわ…ここで母も屋外徘徊してたら…想像もつかない。

 

 

 

 

ショート直前の狂騒

ここに来てこんな連日ブログを書く事態になるとは…

今朝の父。

ベッドとテーブルの間に上下着衣で転がり蠢いてた。服着てるからセーフ。

最近の多動性、床に転がっても意外と自力で起き上がったりするので、

「早く起き上がって」

命じ、朝食を作る。

 

すると「ママ、ママ」、ソファに座ってる母を呼ぶ。

父「おしっこがでる」

幼児か!!!!!

「ちょっと待て!あんたスウェットの下にリハビリパンツ履いてんでしょうね?」

スウェットを下げるとノーパン…

「待て待て待て待て!オムツ履いてから…」

父「出た」

スウェットの下、床のカーペットに広がるオシッコのシミ。

「おまえふざけんな!!!!!!動物か?床のリフォームしてから死ねよ!!!」

キレますわ…。

 

動かない父を転がし、床に使い捨てシーツを敷く。

びしょ濡れのスウェットを脱がし、リハパンを履かせ、ベッドに上がれと命令。

これ、昨年の夏~秋の奇行と同じだなぁ。

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メリマー、リスパダール…仕事しろよ…

 

父母の朝食を作り、薬を準備し、着替えに行って戻ると…

床の尿まみれのシーツの上に転がり、朝食を食べる父(母に命じ、持って来させたんだろう)がいた。長袖の上着は脱ぎ捨てられてる。パンくず塗れ。

ああ、懐かしい…いやいやいや、ドネペジル投薬して止めて、抗精神病薬調整して半年、

やってること同じかよ!!

 

昨年秋と違うのは、その合間に母が、

「わたし1階に行かないと」「外に行かないと」

と階段を上がり下がりし続けること。そしてパッドをトイレに詰めまくること。悪化しかしてない。

 

母がトイレに行き出てこないので見張ってたら、案の定ウンコしたパッドをトイレに詰めてた。リビングの手袋やビニールをピックアップし、

「じゃあ、この手袋してね」

母に手袋をつけさせる。わたしも慣れて来た。

母に便器からパッドを取らせる。小さなビニールに入れ、大きなビニールで回収し、母をトイレから連れ出し、手を洗わせ…

父「寒い!」

 

父の昔からの拘りは「リビングのドアを閉めろ」。

母がよく開け放してるわけだが、先日、朦朧とした母に急行してくれた救急隊にすら「ドアを閉めて」と言い出したので引いた。

 

もちろん、わたしはブちぎれる。

「寒いだぁ??てめぇが半そで1枚で濡れたオシッコシートの上にいつまでも転がってるからだろうが!!!こっちはこっちで大変なんだよ!!!」

 

母の汚物を片付け、変わらず床に蠢く父を見下し動きの指示を与える。

しかし指示が通らないんだよね~。

 

ベッド側に身体を向けベッド柵を掴ませても、すぐ反対側のテーブルや車椅子にしがみつく。

テーブルや車椅子を使い座位になれても、その先どうしようもない。

昨日の夜の移乗でわたしの腰はやられてる。

仮にわたしが腰に鞭打ちベッドに父を乗せたら、座位に拘る父は秒でベッドから降りるのは経験済み。

させるか!!!

なんならショートの迎えまで床で過ごせ。と思うが、昨年の学びによると、

また尿意→オムツを脱ぐ→床に放尿

だから油断もできない。

もちろん、2階に連れ込んだ母がいつ外に飛び出すかもわからないから見張ることも出来ない。

 

結局11時までかかって、わたしが全身を痛めつつ父をベッドに突っ込んだ。

母は1階2階を行き来してる。今日は「駅」に固執

 

母「わたし、昔は駅で働いてたのよ。でね、その時の家はこの駅じゃないの」

この駅とは?

母「わかんないけど、とにかく違うの」

じゃあ、お母さんの家はどんな家?駅の名前は?

母「わかんない。見たことないの。でもここじゃないの」

わからないならここで暮らせばいいじゃん?

母「でも心配してるかもしれないし」

どんな人と暮らしてたの?

母「それがわからないのよ。でも、駅で一緒の人が連れて来てくれたの」

わからない家族と暮らしてたんだ。で、連れて来てくれたのはどんな人?

母「友達」

うん名前教えて。電話してお母さんのホントの家がどこか聴くから。

母「名前?名前は聴いてないけど、毎日一緒に仕事してたの」

 

もちろん母が「駅で働いた」事実はない。

そして会話してるのは2階の母の部屋の前。

昨夜母が貼った「ここは○○(母の名前)の部屋です」と、わたしが昔作った母の名刺(自宅住所つき)」を指しながらの会話。

もちろん、住所が何を意味するか認知してない認知症者にとっては、そんなの意味ない。

 

母を落ち着かせ階下に戻ると、父がベッドで新聞を広げてる。

「ちょ、それ!あんたがさっき床におしっこしたのを吸収させるために敷いてる新聞!!!」

父「ああ、今日の夕食はなにを予定してる?」

…もう絶望しかねーわ。

「今は昼の12時前。このテーブルにもあのテーブルにも、あんたが食い散らかした朝食が残ってる。で?あんた今、なんだって?ってか、その新聞を早く床に置けや。あと、今日は午後から1週間、ショートスティだって言ってんだろうが」

父「ああ、そうか。今は昼か…」

 

すると母が降りてくる。両手にパジャマを抱えて玄関に。

母「これはとても大事なものなの」

「うん、わかった。とりあえずこっちに来てみようか!」

リビングに連れ込む。

 

昼食を作る。

母に父の散乱した朝食を持って来させ、昼食とともにテーブルに並べる。

「なんでこうなってるか分かる?」

父「わからない」

「あんたさっきまで床でおしっこして転がってたの。それをわたしが何とかベッドに抱え上げたのが1時間前」

父「…覚えてない」

「お母さんは?」

母「え~覚えてない」

で、す、よ、ね!

「じゃあなんで床に新聞紙が敷いてあるかわかる?」

父「それはアレだよ。イベントがあるんだ」

??先の夕食の話と言い、広げた新聞に食のイベントでも載ってたのか???

「20分前にも説明したけど、床の新聞におめーのおしっこを吸収させてんだよ!!」

母「ええ~床におしっこなんてないでしょう~」

ガックリ無限大。

父「お父さん、昨日の夜はわたしとお母さんでマックを買って来たの覚えてる?あなた途中でハンバーガー床に落として寝オチ。わたしとお母さんとでアンタをベッドに運んだの」

父「マック…?(普段はマック大好き)覚えてない」

 

母はもう5分前の出来事すら記憶できない。それがどれほどセンセーションな出来事でも。

父は保ててる記憶もあるが、自分が不始末起こしたことは忘れる…と思ったけど、違うんだな。不穏スイッチが入ってる時の記憶は総じて消えるんだな。

 

2人にはわたしがガミガミセカセカしてることしか記憶に残らないわけだ。

マジやってられん。

 

 

今日は母の徘徊を受け、午前中の仕事を1つ飛ばした。

で?

ショート帰宅後もこの夫婦の狂騒は続くのか?????

母の「服をもって徘徊」のリスクが高すぎて、ホントに仕事なんか出来ないんですけど。ショート後もそこそこ仕事を詰めてる。

つか、今詰めなきゃいつ詰めるってレベルでニーズは来るのに…

 

メマリー15mも飲ませてこの状態の母。

アリセプトを止めたらどうなるんだろうな~。

特養申し込んでる父だけなら、空きがあればロングショートスティという手段も取れるかな?

しかしここで母だけ残したら、ますます徘徊悪化するだろうし…。母も少し鎮静させないと、施設も持て余すだろう。

1コマ1コマ進める度に、奴らの認知症症状が悪化してて追い付かない。

 

で、今はショート迎えの1時間前。

まだ父にも改めて「着替えしてショート行くよ」とは言ってない。

母は今、落ち着いて自室に行ったので、もちろんショートの話はしてない。

30分前になったら一斉に支度させ、母に服を選ばせ(父と母の最低限の荷造りは終えてる)、詰め込んでショートに連れ込む予定。

 

よく「ショートスティ行かせて、介護者の負担を…」とか言うけど、前後が尋常じゃなく大変なんだよなぁ…。

夫婦2人を1人で世話してるからか?

 

仮に父が特養入所できたとして、わたしの精神的負担が軽減し母に余力を注げたとする。

リビングから父がいなくなれば、わたしも知ってる母の友達や従妹も多少は遊びに来てくれる。その声がけをする余裕は出来るだろう。

 

で、母が満たされるか??

わたしが不在の時間を過ごせるのか?

彼女が求めてるのは「かつての自分(自己評価)」だから、その程度じゃ意味ないかもなぁ~。

 

 

ショートスティ先に相談

今朝、玄関から車椅子がなくなってた。

ドアは施錠されてるので母の夜間徘徊ではない。じゃあ久々に父か。

リビングのドア開けたら、入り口に全裸で車椅子に座った父がこっち向いて座ってた。

朝っぱらからガックリ来る。

中にはすでに母が起きていてゲラゲラ笑ってる。

キチガイの館。

 

「何やってんの」

父「いやな、なんでもないんだがな」

「何でもなくねぇよ。お母さんの徘徊防ぐためにドアにピッタリつけた車椅子動かしやがって!しかもまた裸!てめぇのかぶれたケツ座布団につけて、その汚ねぇ座布団洗うの誰だと思ってんだ。つか邪魔なんだよ!」

2階に戻ってスマホを持ち撮影。

わたし1人がこんな汚いもの見続け、処理と対処し続ける必要ある?

共有フォルダ作って兄弟にシェアしよ。

 

もちろんベッドの上は相変わらず尿まみれ。

わたしが用意したリハビパンツは放置。在庫のパッドが散乱してる。

「あんた、てめぇの親父が毎朝ベッドをオシッコまみれにしてたらどう思う?キチガイだと思うよな?」

父「思う」

「しかも全裸。朝起きたらてめぇの父親が全裸で徘徊してたらどうよ?情けなくてしょーもないわ」

父「そうだな」

「それを1年近く続けてんだよ。てめぇは」

 

通りすぎ、朝食を準備。

誰も読まない新聞、父が凄まじい量2階に溜め込んだ会社員時代の資料などを家から運び、資源ゴミにだす。

このクソ重い資料、毎週毎週運んでるのに一向に減らないほどある。

執着が強く、手当たり次第溜め込む。

手放す勇気や自信がないけど、溜め込んだものを活用整理する能力もなく、自分でなんの始末も付けられず投げっぱなし。

そのケツを全部拭いてるのはわたし。本当に腹が立つ。

 

戻ると、母に命じ車椅子を移動させた父が全裸でヨチヨチ歩いてる。

最近、車椅子操作も出来ないことが増えた。

いやだから、何で夜中にわざわざ車椅子取りに行くんだって話だよ。

 

しかも2人を着替えさせ、ディの迎え前に玄関に連れて行き靴を履かせようとしたら‥

父の靴がない。父を再びリビングに入れる。

父「いや、俺は足元を意識してだな。それは俺の足元に‥」

父の指示のもと、ベッドの足元、ベッドの下を探すも見当たらない。

結果、リビングドア横の掃除機の下から発見。

リスパダール、効かないにもほどがあるな…。

 

最近収まってた車椅子&初めての靴持ち込みは、少なからず昨日の母の徘徊と連動してる…かもしれない。

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早朝、母が起きてきて、なにかあった時のために車椅子を取りに行ったか?靴を持ち込んだか?

 

もうダブル徘徊の予感しかしない。

しかもこの頃は父はまだ認知症診断すら受けてない。母はまだまだ足腰達者だったし。

今ダブル徘徊されたら無傷じゃいられないだろうし、わたし1人じゃ確実に詰む。

が、いつ起きるかわからないソレに備え24時間見張り続けるのも無理。

 

これを説明し、父には、

面倒増やすな!動くな!

て言い続けてるんだけど、不穏時は特に脳内年齢が変動するので、「車椅子を押してもらわねば動けない自分」も認知できないし、「その自分が母を追うことで、母が余計危険にさらされる」ことも理解できないんだよね~。

 

 

で、明日からのディの相談員に電話した。

ディの持ち込み衣服、ある程度限られた枚数で洗濯しつつ過ごす。

我が家は2人分の衣服・洗面・小分けした薬など準備も大変。母の手も繋がねばならないから、余計な衣服は持たせず、1つのバッグに詰め込む。

「ってことがありまして、母には家にいるようなある程度の衣服を持たせた方がいいのか、でもそれも、両手に服もって施設内徘徊したらご迷惑ですし…」

相談員「そうだったんですね。ある程度自分のものに囲まれている方が…巣作りというとあれですが、安心する方もおいでですから、多めに持ってきてもいいですよ」

 

でも、母の衣類ってディでは禁忌のアンゴラ、カシミヤばかりなんですよ…。もちろん洗わないでいいんですけど!

 

ディは大量の洗濯モノを乾燥機で処理するので、乾燥機NGの服は持ち込めない。

しかし母は服の素材にこだわる女。

わたしが極力、ラフな素材の服を買い与えてるが、好みもうるさいので上手く切り替えられない。(父は今や全身ユニクロ

 

相談員「そういうお話でしたら、持ち込んでだいじょうぶですw」

相談員さん曰く、春先はやはり不穏が激しくなる利用者さんも多いらしい。

 

ということは…

バッグを2つに分け、明日の出発直前までは母に言わず(2人とも3日からディであることは失念してる)、直前に母に服を選ばさせるか…。

 

帰宅後の夕方不穏は、

「今日は17時からマックに買い物に行くよ!」

と連れ出し乗り切った。

 

しかし今度は父が食事中に寝落ち。

寝落ち前にクエチアピンとリスパダールを飲ませてるが、ずっと鎮静できずギラギラしてたのに、今日は食事中に寝落ちとな。

 

叱咤してベッドに連れていくも、まったく力が入らない。

母にも手を借り、父を担ぐようにベッドに入れる。

認知症の波、鎮静剤の波…こういうのが読めなくてホント大変なんだよ(怒)!

 

で、母のオムツを替え寝かした30分後、音がする。

母が手にしてるのは、年末送られてきた永平寺(檀家)のカレンダー。

母「ここに○○(母の名)が寝ていますって書きたいの」

部屋の札…???

「いや、この家はさっきベッドに担いだ2階に上れないじーさんと、わたしとお母さんしかいないから、分かってるよ?」

母「でも、帰ってきた人がわからないじゃない」

誰も帰ってこねーよ。

 

でもその程度ならつきあえる。

仕事場からペンを持ってきて母に渡す…が、「この部屋に○○が寝ています」が書けない。自分の名前も書けない。

「あ、これ見て書きな?」

モノのあふれる母の部屋、昔わたしが母の名刺(当時、携帯を持ってたので友達に教えるため)代わりに作った紙がある。

母「あ、これを、ここに貼るの。それいいの」

 

永平寺と書いてあるカレンダーに、母の名刺が貼られたものをドアに貼る。

これで安心するなら、それもよし。

 

明日はどのように連れ出すか。悩ましい…。

 

 

これが徘徊か

母は午前中から、1階2階行き来して落ち着かなかった。

「今日は行く場所ない(ディが休み)よ」

と言うも、自分の服を1階リビングと2階自室で上げ下げしてる。

 

家事も趣味も出来ない、テレビも本も意味が分からない母の気を逸らすには外出しかないが、

「(父の調剤)薬局行くけど行く?」

と誘うも断られた。

 

昼食後。

服を両腕に抱えた母が家を出ようとした。

服を持って行く場所を探して彷徨いてたのか…。

「どこ行くの?」玄関で呼び止める。

母「違うの。行けって言われたの」

「どこに?」

母「わかんないけど、行くの」

「どこ行くかわからないなら、行けないでしょ」

なんとか丸め込み、2階自室に服を戻す。

「あなた朝飯食べて寝て、今昼ごはん食べたとこ。だから下でテレビ見れば?」

母「うん」

わたしはそのまま仕事場に戻る。

 

が、すぐさま小さな音がした。勘が働く。

仕事場玄関から外に出たら、更に大量の服を抱えた母が自宅玄関を出たところだった。

こっそり抜け出す頭はあるのか。

つか、わたしもよく気づいたな。耳が良いにもほどがある。

「どこ行くの?」

母「行けって言われたの」

「どこに?」

母「東京」

「ここが東京だよ。あんたそんな服抱えて行き先もないのに何してんの」

母「でも言われたから」

「誰に?」

母「ほら、あの人が電話してきて」

「さっきわたしは1階でテレビ見れば?と言ったよ。服抱えて外に行けとは言ってない。誰が電話してきたの?番号と名前教えて。場所わかれば送って行くから」

母「ほらあの人よ〜電話番号はわからないけど、一族が集まって暮らす場所に行くの」

こういうやりとりが延々続く。

 

パジャマ、カーディガン、タートルネック、ベスト…母の部屋にあるものをランダムに抱えてる。

10歩譲ってから手であれば…少し徘徊させた方が気が収まるのかも。

だが、手をつないでも転ぶ母。両手にこの量の服を抱えて歩くのは自殺行為。

まして、両手でランダムな服を抱えた、ヨチヨチ歩きの老婆って尋常じゃない。

もちろん道理の分かる状態ではないので、邪魔な服をその辺に放置…それが他人の家かもしれないし、自分の足元に服を落とし躓き転倒…の可能性も大。

 

強引に家に連れ戻した。

 

明後日からのショートスティが「どこかに行く」レベルで頭にはあるんだろう。

「3日から1週間のショートだよ」と言わなけりゃよかった?

でもショート慣れしてない今、騙し討ちで当日連行するより、しっかり予定を伝えた方が抵抗なくなるかな、とか。

1週間の期限を伝えない方が、滞在中に不安だよね、とか考えた末なんだけどね‥。

 

この徘徊が始まったのは月曜から。

月曜は父母が加入してた生保レディが来てた。

たまたま電話が来て、1年前の父の入院保険も請求できることが判明。その請求だ。

母はわたしが契約や難しい話をしてると席を外す。

一昨日も、リビングと自室を行き来し、

母「わたしはここにいてもいいの?」

「いいよ~座ってなよ」というも、すぐ2階に戻るを繰り返してた。

 

介護や医療の契約ごとは、基本本人同席(銀行・生保は言わずもがな)。

今までも、わたしが契約してる姿を見ると母は挙動不審になってた。

多分、母は家事や介護ではなく「小難しい契約やサインを担ってた自分」に自尊心や存在意義を感じてたっぽい。

役割ができない=家に居場所がない感があるのか。

月曜日、またその場面に直面したことと、近々また泊りに行かされるらしい情報がミックスしての徘徊かなぁ。

でもわたしにどうしろと。

 

 

今日の徘徊顛末は父も見ていた。

母の徘徊がヤバいことは理解してる。が、それでまた父が不穏になるループ。

「お父さんは気づかないだろうし、二重遭難になるだけだから考えないでいいよ!」

と言うしかない。

母が自宅にいたりわたしと外出してるのに、「ママがいない」と歩いて自宅を出て近隣に保護されてるんだから。

 

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その後、自室で寝た母。

ここまで来ると1日寝てくれてた方が安心だが、夜また覚醒しそうで悩ましい。

 

その間、父はリハビリパンツ5枚交換して、車椅子とベッドを行き来しまくる。

リスパダール朝昼飲ませてるのに全く鎮静しねぇ。

ついには車椅子で廊下に出ようとしやがった。

「何しに行くんだよ。トイレか?クソか?おまえ自宅のトイレは無理だぞ。今日は16時半に看護師来て浣腸するから、クソすんな!」

父「わかった」

 

15時過ぎ、起きてきた母をなんとかガス抜きしたく、また散歩に誘う。 

手を繋ぎ歩きながら、

「さっき服抱えてどこか行こうとしたの覚えてる?」

母「えー覚えてない」

「手を繋いでても転びそうなのに、服を抱えて歩いたら危ないよ」

母「そうよねー」

父も母も、不穏スイッチ入った時の記憶がないんだよな。認知症はみんなそうかな??

 

帰宅すると父がまた車椅子で廊下に出てた。

ああああああああ~ガックリ∞

「おまえ、なんで廊下出てんだよ。16時半には看護師来るって言ったろ?クソすんなよ!他に廊下になんの用事があるんだよ」

父「いや、ちょっと‥」

「ちょっとじゃねぇよ!お母さんが服抱えて外に徘徊に出たの覚えてんだろ?」

父「覚えてる」 

「ああゆうのを防ぐために今、散歩に連れ出した。その間におめぇが室内徘徊してるってどんな了見だよ。今日はたまたま仕事入れてなかったけど、わたし1人でおまえらの徘徊転倒監視できねーんだよ!目も手も足りねぇ」

父「わかった」

車椅子からベッドにぶち込む。その10分後にまた車椅子に移乗し、廊下側に進む父。

リスパダール1ミリを朝昼飲んで、この多動っぷり! 

キーチーガーイー!!

こいつ何飲めば落ちつくの?または落ち着いてコレなの?気持ち悪いにも程がある。

 

 

看護師が帰宅後の17時。もう夕食を食べて寝たい母。

母「お腹空いたから、ご飯を…」

で、20時21時夜中に起きだすんだよな‥。

「晩御飯は18時過ぎ。なぜならあなたご飯食べたらすぐ寝るから。で、昨日も一昨日も夜中に彷徨いてた。あなたは今、脳梗塞の血をサラサラにする薬飲んでます。怪我したら死ぬよ?ましてパジャマで外出て転倒しても、身元わからないよ?」

母「あら、そんなことしないわよ」

「この2日しました。だから言ってます」

これだけ言っても5分経つと「そろそろご飯を‥」。エンドレス地獄。

 

なんとか18時過ぎに夕食を持ち越したが、まだ父が食べてる18時半、

母「お母さんもう眠くて眠くて。2階行くね」

「待て待て。せめて旦那が食い終わるまで待て。そして旦那の皿くらい洗え」

(わたしと母の皿はわたしが洗ってしまった。母は皿も洗えない〜汚水に潜らせ終わる〜ので本当は洗わせたくない)

母「でも眠いの!」

「1人で19時まで待てって言ってんじゃねぇんだよ。おまえの旦那が飯食ってんのくらい待てないのか」

繰り返し繰り返し言うほどに、わたしの言葉もきつくなる。

 

結局19時前に2階に行く。オムツを替えてると、

母「わたしの部屋は本当はここじゃないの」

「こんだけ自分のもので溢れてるのに?」

母「上の階にあるの」

「うちは1階2階建。夜中にありもしない階を探すのやめて」

母「違うの。この前はあったの」

「あのね、家の図面見せてもいいよ?でもあんた見たところでもう信じないんでしょ」

母「だってお母さん、3階がないなんて初めて聴いたもの」

40年暮らしてる2階建ての自宅に「3階ありませんよ」なんて言う機会がねぇんだよ。だが、認知症には通じない。

 

が、3階だの自分の部屋だのはただの象徴で、「自分の存在意義を感じられる本当の居場所」を妄想してるんだろうな。

でも、若かりし頃の充実した母はもういない。本人が1番認められないのはわかる。

わかるが、それを他人であるわたしが回収するのは無理。

 

で、階下に降りたら、また父がベッド脇に寄せたテーブルを蹴りフルチンになってた。

「オムツ履けや」

リハビリパンツを投げつけテーブルを戻す。

しばらくしてみたら、パンツの片足部分に腰を入れ、股間丸出しになってた。

ため息をつきながら父にパンツを履かす。ツライ。ツライぞコレ!

 

更に今、21時半。

案の定、母が自室から出てきた。

「どこ行くの?」

母「今、出てきたの」

「で、どこ行くの?階段暗いよ?あなた今、血液サラサラの薬飲んでるの。もし階段から落ちたら血が止まらないよ?」

母「え~そうなの?」

「そうそう。あなたわたしの大事なお母さんなんだから、そんな可哀相なことしたくないわけよ」

母「あら。ふふ、そうなの?」

はぁ…。

 

今夜、明日、明後日の14時半まで、無事に過ごしてショート突っ込めるかなぁ。

ショートで1週間過ごして、今の徘徊モードが解除される可能性はある。

が、このモードが継続したらどうすべきか…悩む。

 

父の特養入所が出来れば、

A施設なら「お父さんは施設に入ったよ。お母さんは月に数回お父さんに会いにお泊り行くんだよ」

B施設なら「お父さんは施設に入ったよ」

どちらの場合でも、とりあえずは「お父さんは施設だけど、お母さんはずっと家で暮らすんだよ」と伝える予定ではある。

母の性格上、たぶん「自分の安泰がわかれば、父のことは割とどうでもいい」気がするので。

が、現状は「1週間のお泊りだよ」と事実を言うのが良しと思ったんだけどな~。

 

今の母の状態を予測できてれば、

「じゃあ、まさに行く場所にご案内しまーす」

と、2人揃って有料という手もあったな。でもこのモードが数日で終わるパターンもあるし…。

認知症ってホントに先が読めない。

 

 

母、夜間徘徊の予兆

1月、2月と2泊3日のショートに行かせた父母。

3日からは初の1週間。

前回ショートの後、父のクエチアピン大量服薬、自宅点滴、リスパダール切り替え(全く鎮静しねーわ)、母の救急搬送‥ツラ過ぎた。指折り数えて3日を待ってる今。

あと2日半も無事で過ごせるとは思えない。

 

 

母は2回目のショート以来、場所の混乱が増えている。2階建て自宅の2階自室にいても、

母「3階に行きたいの!どうやって行くの?」

1階にいても、

母「下の階に行かなきゃ!」

食事を出すと、

母「わたしもご馳走になっていいの?」

 

ショート滞在中は4階5階に滞在する。

滞在フロアのエレベーターはロックされてるので、母がフロアを意識する機会はないはずだけど、帰宅願望が強い母、まさか乗れないエレベーターを見つめて「階数がたくさんある」と理解はしてるのか。

「うちは1階2階しかないよ」「お母さんの家はここだよ」「部屋はここだよ」教えても入らない。

認知症の最終形態は、自宅にいても「家に帰る」と言い出すから、そういうことなんだろう。

 

先日「3日からまたショートだよ。今回は1週間」と伝えてから、顕著になった。

だけじゃなく、わたしが父にブチギレてるのを見る→「本当は自分も介護すべき→できない」→「ここはわたしの家ではない」現実逃避論法もある気がする。

 

父は昨日夕方、またタバコに執着。

ベッドに寝かせても跳ね起きる始末。

リスパダールだけでは鎮静できず、クエチアピンを加え寝かせた。ディがある日もキツくなってる。

今朝は、ベッドにアウターを持ち込み尿まみれにしてた。ベッド脇の収納の上にはズボン。

手袋をはめて確認すると、厚手のスウェットを二枚重ねの中に、尿で溢れたオムツ。

危うく洗濯するとこだった。てゆーか洗濯地獄すぎ。洗っても洗っても汚物まみれの衣類が量産。

つか、リビングの壁床収納も全リフォームしてやる。クソ塗れにした洗濯機も買い替えだ。

母は1階トイレをクソ塗れにしたからトイレ改装だな。

 

朝から洗濯機を回し、父母の準備をしてディに。

10時から仕事し、昼間一瞬自宅に戻り夕食の準備。

17時過ぎ仕事を終え、18時の父のヘルパーまでに飯を食わせるため自宅に駆け戻ると、父がまた床に転倒してた。ガックリ。

母「大変よ!お母さんあの、あの、ご飯が!」

「ご飯はすぐ出来るから大丈夫。(父へ)おまえ、またやってんのかよ!そんなんで夜中なんでベッドから降りるわけ?てめぇのことをてめぇで理解しろや!」

母「ご飯あるの?でもお母さんもここにご飯あるの」

ディ帰宅後もつけてたマスクを引っ張る母。

「マスクの中にご飯はないよ。そのマスク捨てて」

母「あら。じゃあお母さんの部屋にご飯があるの」

「2階に炊飯器はありません」

母「違うの2階じゃなく3階!」

じゃあ持ってきて。うん。と2階に行き手ぶらで戻ること2回。

母「おかしいわ。下の階にあるのかしら」

「ここ1階。我が家に地下はありません」

父を起こし飯を与える。17時半、ヘルパーさんに間に合うか。

がちゃ

母、出て行きやがった!慌てて追いかけて、門から出る母を捕獲。

「どこ行くの?」

母「わたしの家を探しに行かないと!下にあるんだけど階段がないの」

うわ‥。ガチ認知症徘徊やん。

「ここは家の外。このまま玄関入って。ほらここが1階でしょ」

母「ここが1階かなんてわかんないじゃない!」

まーね。

道と地続きのフロアが地上1階だと認知できない奴に、1階を証明する術はねーよな。

仮に「1階表示」したとしても、我が家の図面を見せても、そんな理性的対応で理解出来れば認知症じゃない。

 

なんとか宥めて飯を食わす。

いつも来てくれる父のヘルパーさんと会話をし、母の歯磨きを終え、父の車椅子を玄関ドアを塞ぐように土間に下ろす。

「寝る」と騒ぐ母と2階に行き、オムツを替え、パジャマを着せて、

「お母さんの物で溢れてるここ、自分の部屋でしょ」

母「そうかなぁ」

昨夜も似た会話をした。納得しない。これが不穏スイッチ。

「ま、パジャマ着てベッドにいるんだから、寝れば?」

母「そうするわ」

19時。早く寝るほど、また徘徊が始まる。

しかしテレビを見せても秒で飽きる、何もできない母が「寝る」と言うのを引き止める術はない。

 

やっと仕事場に戻り、片付けて19時半。

リビングドアの音がした。

父はリスパダールとクエチアピンで爆睡中。母だ!

飛び出すと、母が車椅子をどけ外に出ようとしてる。

「待て待て、夜の徘徊は許さないよ」

母「違うの、お母さん下の階に行くの」

「もう暗いし、さっきベッドに入ったでしょ。寝る時間だよ」

母「そう?」

母を2階に連れ帰る。

 

20時、また音がした。

ドアをピッタリ塞いだ車椅子がズレていて、1階トイレから母が出てきた。手にはパッド。

「汚れたの?トイレに流さず偉いな~。捨てるからちょうだい」

ビニールに入れ廃棄し、車椅子の位置を戻す。

母「え、そこはお母さんが帰ってくるから!」

はぁぁぁ〜

もう1秒たりとも気が休まらない。

 

父の排泄撒き散らし、異常行動。

母の家族を増やす作話妄想に加えて、フロアまで増やす作話妄想。穏やかに対応するにも、わたしだって神経すり減らしてる。

 

「あなた、今何歳よ?」

母「えー、じゅう‥じゅう‥いくつだろ」

「10代ではないな。おら、鏡見ろ」

横の洗面台に母を連れて鏡を見せる。

「あんた84歳。あんたの母ちゃん死んで当然なんだよ。毎日毎日朝から晩まで、こんなことわたしに言わせんな!で、不都合な事実は全部、わたしが悪いことにしてんでしょうが!」

母「そんなことはないけども~」

 

何もできない自分→まだ子供

娘に負担かけてる→これは娘じゃなく「お母さん」

旦那も大変な状態→これは旦那じゃない。ここは家じゃない。

全部現実逃避だし、右側をぶつけられながら全介護してるわたしは堪らないが、父の前頭側頭型認知症キチガイ沙汰と比べると、「母の気持ち」が推測できる分、父に感じるような、

死ね!

という気持ちにはならない。

 

今日も、朝きつく「わたしは17時まで仕事!晩御飯は作っておくから、絶対にノックしたりピンポン推すな!」と言い含めた。

15時過ぎに帰宅し、父が床に転倒したのが何時かわからないけど(2人に訊いても不明)、母なりに不安の中、仕事場に乱入せず耐えたんだろう。

いつもそうだけど、「お父さんが…」「晩御飯は…」という夕方の状況が妄想・作話を加速する。

戻ったわたしが「ご飯できるよ」と言っても、父を起こしても、芽生えた不安は消えない。「ここじゃない場所」「自分を迎えてくれる階や食堂」がどこかにあると思うんだろうな。

が、理由が推測出来ても状況は厳しい。非常に厳しい。

 

 

「はいアンタの部屋戻るよ!またパンツ替えるから!」

パッドを今外したということは、朝までリハビリパンツだけ。確実に漏れる。

再び母のズボンを脱がして、パンツを履かせる。

 

母「ねぇ、上の階に行かないと」

「上の階はないからね。さ、寝て」

 

寝かしつけた。が、昨夜も夜中に自室から出て階段を降りかけたところを制した。

「どこに行くの?」

母「わたし、自分の部屋に戻ろうと思って」

「今、出てきたベッドがあなたのベッド。出てきた部屋があなたの部屋。1階にはお父さんのベッドでお父さんが寝てるよ。あなた寝る場所ないよ」

母「あら、そうなの?」

これ、放置してたらどうなったんだろう。

というか、異様に寝るのが早い母、わたしが7時に階下に降りると、最近はいつもソファに座ってる。

 

もう夜間・早朝徘徊待ったなしかな‥

父の乱行だけで死にそうなのに、母の夜間徘徊まで管理できない。ってかマジ寝る間もない。

が、先日の母の姿を思うと、早朝夜間の徘徊で無事に帰宅できるとは思えない。

 

車道のガードレールを掴むも、やはりバランス悪く上体が車道に乗り出したところでキャッチした。

 

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鍵?車椅子??

不穏時の認知症の馬鹿力は知られてる。

車椅子突破して出て行く日も来るだろうな。

補助鍵は仕事場につけてるけど、何度か破壊しかけてるしな。

補助鍵3つ突破し徘徊に出た認知症者の話もあったな…。

もう考える力も残ってない。

 

と言って、ショートスティを断念することはありえない。

わたしが潰れるわ。

メマリー15ミリから更に加算するか、アリセプトやめるか‥

 

 

父はとうにそうだけど、家族が投薬をこんなにコントロールしなきゃ安全が守れないなんて、在宅では管理しきれてないということで…

母、どうしようかなぁ。