母に手を出した

本日も、朝から母のオムツを替え、着替えさせ、もう数年通ってるディサービスの説明をし(週4回説明してる。納得しないと動かない)、送り出した。  

 

母の帰宅15時に合わせ仕事を終え、冷房をつけ母を出迎え。車から降りた母はわたしを見るなり、

母「あら。じゃあわたしは行ってくるわね」

いや。おまえ今帰ってきたとこ。

車にUターンする母をスタッフさんと止め、家に入れる。

 

靴を脱がせマスクを外し、水分を摂らせる。

こんな動作すら自分じゃできないのに、徘徊には行く。

と、電話。若い頃に母や父と一時同居していたお友達。母に替わる。

母「あらーやだ、そんなにお爺さんになっちゃったの?」「そうそう、たまには帰ってきてるわよ」

‥父の話だろう。父の現状を理解してるお友達に、全く現状に沿わないことを返す母。

母「まぁそうね。もうあいつ(わたしのこと)の世話になっちゃおうか」「でも寄っかかると嫌がりそうだから」

‥「でも娘がいてよかったね」的なことを言ってるであろう友達(お子さんなし)へのアンサーもおかしい。とっくにシモから生活から背負わされてるわ(怒)。

 

電話を切ってから不穏が増した。

水分を摂るためにも、母が好きなわらび餅を買っておいた。

「どうぞ。お茶飲んで」

珍しく「いらない」と断る母。

「じゃいいや。独りで食べよう」小さなわらび餅を2つずつフォークを添えテーブルに置き、わたしが1つ食べたところで、母が持ち帰った洗濯終了のブザー。

「洗濯もの干して来ようっと。わらび餅とお茶、美味しいよ」

言い置いて洗濯物を干しに2階に行き、戻ってくると、

母「誰か帰って来た!?」

リビングから母が「わらび餅が1つだけ載った皿を持ち」飛び出して来た。

皿の柄を見るに、わたしが食べかけの皿だ。

「なにしてんの?それわたしのわらび餅」

母「違うの!今誰か帰って来たからこれを食べさせようと思って!」

「あのね。今、リビングであなたにわらび餅を上げたのはわたし。1つ食べたこのお皿はわたしのお皿。わたしが今2階に洗濯物を干しに行って戻って来たところなんだよ。それはわたしのわらび餅」

母「違うの!今音がしたもの。誰か帰って来たんだわ!」

 

母をリビングに押し込むと、母の席にもわらび餅が1つ減ってる皿がある。

「わらび餅断る」→「わたしが洗濯物を干しに離籍」→「自分もわらび餅を食う」→廊下で物音(わたし)→「誰か(誰?)が帰って来た!わらび餅を上げよう!」とわたしのわらび餅の皿を持ち、飛び出して来た。

ってとこかな。ふざけんな。

 

とりあえず落ち着いて2人でわらび餅を食べたけど、もうスイッチが解除できない。

その後も玄関ドアをガチャガチャしたり、干したばかりの洗濯物を取り込み始めたり、目が離せない。

 

おそらく、本人も娘1人に全部負わせてるのは悪いと思ってるし、父が老いて(=自分も老いて)昔の家族は取り戻せない現実を心のどこかで理解してる。

 

わたしに何を言われても、父を目の当たりにしても、家族間の甘えで現実から目を背けられるんだろう。が、第三者に客観的情報として突きつけられると「現実を見ざるを得ず」バグる。

 

不穏の収拾がつかないから、母を車椅子に乗せ、父が先日まで入院してた病院へ行く。

保険請求のために、保険会社のテンプレで医師の診断書を頼まねばならない。

どのみち今日の今日に書いてもらえるわけじゃなし、書類提出だけでも‥と、母の気晴らしも兼ねて行ったら、

「事務が16時半までなんですよ。受付だけ?いやそれも出来ないんですよ」

ええ!まじか!

 

まだ暑い中、母の車椅子を押して帰宅。

疲労困憊の中、すぐに夕食を作って並べ、横でテレビを見てる母に「ご飯だよ」と声をかけると、

母「じゃあ◯◯(わたしの名)呼んでこないと」

「◯◯はわたしだよ。◯◯が飯を作って並べてあなたに声をかけたの。呼ばなくてもここにいます」

母「そうなの?じゃあ2階に呼びに行くね」

支離滅裂で本当腹が立つ。

「誰を呼ぶの?呼ぶ人の名前は?」

母「あれよあれ、あの人」

マジ、朝から晩まで「あれ」「あそこ」「あの人」‥

「名前もわからねーやつが2階にいるのか?名前もわからない家族なんざいねーよ」

幾パターンかあるが、母はいつも「誰かを探して」る。わたしはもう心底うんざりしてる。

母「あれよ、パパ(父)!パパを2階に呼びに行くね」

「あ?おめーのパパが入院してた病院に、さっき行ってきたばかりじゃねーか!」

母「そのパパじゃないの。別のパパ」

「だから名前を言え!」

母は息子(わたしの兄)の名前を挙げた。

 

2階へ誰かを呼びに行く母。パパだの何だのすら、階段を上がるうちに記憶から消えてる。

冷めはじめる食事を見ながら、心底うんざりだと思う。

食卓は2人分の食事が並んでいる。

「夕食を食べるのは2人」「今、その場にいる母(自分)と◯◯(わたし)」に情報を繋げる認知力すら消えて久しい。

 

「おめーの下の世話して朝昼晩飯を作り洗濯してんの誰だ?◯◯(わたし)だよ!それ以外この家にはいねーって何100回言わせんだ!◯◯はいつも2人分の飯しか作らねーし、2人分の飯じゃ足りなくなって困ったこともねーだろ!てめぇ、もう飯食うな!」

階下から2階に怒鳴り、先に食べ始める。

 

だいぶ経ってから階下に降りて来て、当然のように食卓に座る母へブチギレた。

「毎日毎日朝から晩まで、あんたが同じことされたらどうよ?あんたがわたしの下の世話から朝昼晩飯作ってて、わたしにご飯だよ〜って声かけたら、わたしが存在しない家族を探しに行ったり、帰りを待ってみたりしたらどうよ?実際面倒見てるのはあなただけなのに、面倒見られてる側がいつも"そうじゃない誰か"を待ち続けたり探し続けたら、あんたどんな気持ち?」

母「それは気分悪い」

「あんたはずーっとわたしにそれやり続けてんだよ!」

少しだけしょぼんとする母。

 

夕食にはとうもろこしを出していた。

母は盛大に床へこぼし、咳き込みながらかぶり付き、かき込む。

ああ、もうとうもろこしは禁忌かなぁ。

「詰め込まない!お父さんみたいになるよ!」

母「わたしは若いから大丈夫(40歳くらいだと思ってる)」

床のとうもろこしを拾い、嫌がる母に「肺炎になるから!」と歯磨きをし、2階に行きオムツを替える。

 

「明日は予定はないから。ゆっくりおやすみ」

灯をつけていると誘蛾灯のように夜間徘徊する。昼間と勘違いすることもあるから、寝かしつけた後は廊下も階段も真っ暗にする。母を寝かせて10分。

ガチャガチャガチャ

また玄関!!真っ暗な玄関に行き、

「おら、徘徊すんな。外は暗いんだよ」

母「違うの。帰って来るから鍵を開けておかないと!」

だから、誰がだよ!しょぼんとしてたのは15分前だぜ。

ループループループ。暑さもあり気が狂う。

 

今朝はなんと玄関のチェーン、上下のロックが解除されていた。

「開けられない」と思ってると、時々出来ちゃうからまた腹が立つ。

ガチャガチャガチャ

「やめろや!今まで夜中に誰か帰って来たことあるか?」母「ないの!」

「ないなら今日も誰もこねーんだよ!」

母「今日は帰ってくる!」「誰が!」母「あれよ、名前わかんないけどあの人!」またループ。

 

挙句「鍵なんか閉めるから、誰も帰ってこない!」と言い出す。

「万が一、誰か帰って来たらインターフォン…ピンポンって鳴らすだろうが!鍵は閉めろ!不用心!」

母「なにそれ、ピンポンなんて知らない!」

わたしの中でなにかがキレた。

 

土間でドアに取り付く母の肩を叩く。

キチガイが!どうせこれも10分後には記憶にねーんだろ!付き合ってらんねーよ!気が狂うわ!」

何度も叩いた。

父は黙々と異常行動続けるタイプだった。気味が悪いわ、重い体の身体介助でわたしの身体がやられるわ~で殺しそうになった。

母は喚き散らす。ループし続ける話を。

で、最終的には「あいつ(わたし)が悪い」で落とし込む。わたしが悪くてもいいし、感謝しろとは言わない。あと「実在する人物」を待ちわびるなら許容範囲。

 

が、母は目の前で母の世話に明け暮れてる家族(わたし)じゃなく、「具体的な人物ですらない・母にとって都合が良く・秒で入れ替わる・実在しない誰か」を探したり待ち続けてる。

そこも譲って、頭の中なら自由にしていい。

が、それを毎日朝から晩まで、わたしに垂れ流して来るのが堪らない。説明はし尽くした。もう鉄拳制裁しかないじゃんね。

「おまえもう黙れ!2度とわたしに話しかけんな!」

2階に連れ戻し、1階の仕事場で頭を冷やしたわたしが自室がある2階に上がると、

母「誰ー?誰が帰って来たー?」

母がヨタヨタ出て来た。秒でキレるわたし。

「誰も帰ってこねーし、この家は2人暮らしだって何百回も言わせんな!!」

 

驚くべきしつこさだよ。

今日は「お母さん」バージョンじゃなかったけど、主旨は同じ。

 

この家はもっと大勢の家族が暮らしている。(に違いない)

その家族は、子供になったり、大人になったり、名前も分からないけど。

今、姿が見えないってことは別の部屋にいるんだろう、もしくは「これから帰って来る」んだろう。

 

ウンコまき散らしより何より、この質問ループ(もちろん、それによる不穏・徘徊・家事の停滞→結果、わたしの仕事も収益も人生も、彼女の妄想に削られ続けてる)に、もう耐えられない。

 

兄弟に1週間くらいずつ泊まりに来い(うちから仕事行け)と言おうか考えてる。

 

ちなみに我が家レベルの重度認知症なら、介護中に親へ手を挙げて、傷つくのは介護者だ。

手を挙げて自責の念に駆られ、心挫けて有料ホームに急遽入れたパターンを数人知ってる。

 

が。わたしは今の所自責はない。

「おまえ、次は回し蹴りだ!」

18年から本格化してきた介護生活。特に昨年でもう。わたしの認知症許容量が溢れてる。

これからは母に手を出すのかもなー。

 

ディ、ヘルパー、訪看は虐待チェックを常にしている。母にアザとか残ったらストレートに「殴ったらアザになりました。テヘペロ」と報告しよ。