あの後、結局母を救急搬送することに…。
夕方来た訪看さんが、
バイタルは全く異常なし。ただ、こんなに立てないのは初めてだから「一応救急外来に行かれた方が…」と提案してきた。
病院に電話し、緊急性はないけど今後急変する可能性もあるから受診したい旨を伝える。
父も入院してた近所の救急病院、母のかかりつけ脳外の病院どちらも、
「タクシーで来られるんですか?いや、救急車呼んでください」
という反応。
今、コロナもあり救急車めちゃ忙しいだろうに、こんなんで呼んでいいのか…?
訪看さん「呼びましょう!」
えええええ…。
その前に、何度も2階に母の様子を見に行き、水分を摂らしていた。
「お腹すいた?起きる?(勝手に動かれ、また転倒すると困る」
母「寝てる」
「じゃあ寝ててね。1人で立ち上がらないでよ」
母「わかった」
そんなやりとりを何回か繰り返した15時半。
物音がしたので仕事場からのぞくと、2階で寝てたはずの母が1階リビングにいた。
いや、だから歩けるんじゃないの???
でも訪看さんには、
母「歩けないの。足がふらふらするの」
訪看さん「(元々脳卒中の後遺症で右手足が弱いので)右足、右手はどうですか?しびれていませんか?」
母「しびれてるの!」
訪看さん「口の呂律はどうですか?喋りにくいとかありますか?」
母「あるの!」
そう聞いたら、そう答えるんじゃないかなぁ…(認知症ゆえ)。
救急隊員到着後、
隊員「右手足、どうですか?動きますか?」
母「はい。動きます!」
「え?」って顔してわたしを見る救急隊員。この気まずさよ。
父もそうだったけど、認知症は本人が「実際にどこが痛くて、どこの調子が悪いのか」自覚できない。だからホント判断が難しい。
救急車内で、
隊員「では昨夜転倒、今朝も転倒ですね。で、今朝から歩けないと」
「(いや、独りで1階トイレに行ってみたり、リビング降りて来てたりしてたよね)普段より歩けないのは確かです。が、全く歩けないかと言えばそうとも言えず…ごにょごにょ」
隊員「あれ?じゃあ歩けるんですか?」
ブログに書いてるようなことを長々話すのも申し訳ないし、そもそも認知症の不穏行動ありきの状態なので、救急車呼ぶような話じゃなくって…
「すみません。一応救急外来に行ければ安心できるなって程度だったんですけど、病院が救急車呼べっていうもので」
隊員「いや、大丈夫です!もう先生は絶対ですから!先生がそう言ったなら僕らはもう」
ウチのことに限らず、病院と救急隊の隔絶を垣間見た瞬間。
診察結果は、
「(2月に搬送した時のMRIと比べ)1回脳梗塞痕がありますね。ただ、昨日今日の話ではないので…」
やっぱりね。そう言われる予感はしてた。
夜の、馴染んだ救急外来待合で兄にメールしてると、ポツポツ座ってるご家族の会話が耳に入る。
「もう暗くなっちゃったわね。お腹空いた?」子供に電話かな?「そうね、もうすぐ帰るから待っててね、お母さん」
お母さんかーい。
わたしも昨年2回、父を救急搬送した時はああいう電話を母にかけてたなぁ(遠い目)。
別のご家族は女性ふたり。
「そうなのよヘルパーさんも人手不足でなかなか‥。ショートスティは本人が嫌がって行かせてないのよ」
聴こえる会話が類友すぎる。介護家族しかいないのか?全員が娘さんだな。
医師には、
「そうですよね。じゃあ連れて帰ります(そうなると思ってたんだよ)。え?これ以上血液サラサラの薬を飲ませると別のリスクが?ええ、転倒して怪我も多いので、もう血液サラサラの薬は増やしません」
2月に血液サラサラ薬を追加した後、わたしも「怪我したら血が止まらない!」と神経質になってた。
なにせ当人はガツガツ危険に突っ込んでいく。24時間監視したって大転倒で大怪我する可能性をゼロには出来ない。
医師にもそう言い(なにしに来たんだって話)、サクサク連れ帰った。
母は今朝も「立てないの~」。
が、スイッチ入れば立ち上がって1階2階ウロウロはするわけで…
「はいはい、昨日もそういって救急車呼んだのよ。特に問題ありませんから。あとは気合!」
介助して、一連の出来事を申し送り、母をディサービスに送り出した。
これは一過性のことなのか、「足に力が入らず立てないスイッチ」でも押されているのか…ホントに立てない・歩けないなら、介護ベッド降ろして室内も車椅子に切り替えればいいんだけど…
本人がその気の時は階段昇降してるから、悩む。
それにしても、
- 昨年2月、父を救急搬送(わたしが)。→入院
- 今年2月、母を救急搬送(わたしが)。→帰宅
- 昨年9月2日、父を救急搬送(ケアマネ勧め)。→帰宅
- 今年9月1日、母を救急搬送(訪看勧め)。→帰宅
ブログ書いてるから我が家の動きが分かるけど、こんなに夫婦でシンクロするもの???